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東京地方裁判所 平成12年(ワ)14218号 判決 2000年12月18日

原告 仁光通商株式会社

右代表者代表取締役 A

被告 株式会社東京都民銀行

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 上野隆司

同 髙山満

同 浅野謙一

同 石川剛

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告は、原告に対し、6,830万292円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、信用状開設を申し込み、信用状番号を得たのちに、被告から一方的に信用状の開設を拒絶され、その結果、海外の取引先との取引が不可能ないし困難になり、損害を被ったとして、被告に対し、損害賠償請求している事案である。

一  争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は末尾に当該証拠等を掲記する)

1  当事者

(一) 原告は、皮革原料及びその製品の輸出入及び国内販売等を業とする株式会社である。

(二) 被告は、預金又は定期積み金の受入れ、資金の貸付け又に手形の割引並びに為替取引等の業務を営む銀行である。

(三) 原告と被告は、平成3年3月に、手形貸付け、手形割引、証書貸付け、当座貸越し等一切の取引に関する約定を、銀行取引約定書を作成して締結し、それ以降、原告が被告に対し、預金を行い、また、原告あるいは原告代表取締役A(以下「原告代表者」という)が所有する不動産(以下「本件各不動産」という)に根抵当権を設定するなどして継続的に取引を行っていた。

2  原告、被告間の信用状開設に関する経緯

(一) 原告は、平成8年11月中旬ころ、被告に対し、米貨10万ドル(邦貨1,200万円)の信用状(以下「本件信用状」という)の開設を申し込んだ(以下「本件信用状開設申込み」という)(乙4ないし7、弁論の全趣旨)。

(二) 被告は、原告代表者の信用状番号の問い合わせに対し、そのころ、<省略>の信用状番号(以下「本件信用状番号」という)を伝えた。

(三) 被告御徒町支店内の副支店長Cと担当課長Dは、平成8年11月29日、原告に対し、信用状の開設はできないこと及び被告が知らせた本件信用状番号は意味がなくなった旨伝えた。

3  原告の被告に対する信用状況

(一) 平成8年11月29日当時、原告の、被告における預金残高は当座預金144万7,168円及び定期預金7,250万3,942円の合計7,395万1,110円あった(以下「本件預金」という)。

また、被告は、原告から、本件各不動産について、根抵当権の設定(極度額1億3,000万円)を受けていたが、本件各不動産の平成8年5月24日当時の評価額は2億2,354万5,000円にすぎず、優先する他行の抵当権の債権額(根抵当権については極度額を前提とする)の合計が2億7,748万円であることを考慮すると、担保価値は全くなかった(乙3の1、2、弁論の全趣旨)。

(二) 他方、被告は、平成8年11月29日当時、原告に対し、外貨の貸付金残高(外貨取立外国為替)6,648万8,393円の他に、外国為替債務保証見返金103万3,202円、商業手形割引金8,359万1,640円、手形貸付金1,189万円、証書貸付金1,516万4,000円の信用供与を行っていた。

二  争点

本件信用状番号を原告に伝えたにもかかわらず、本件信用状を開設しなかった被告の行為は違法か。

(原告の主張)

(一) 被告は、原告の本件信用状開設申込みに対し、平成8年11月29日に本件信用状番号を伝え、本件信用状を開設すると約束した。右約束に反し、本件信用状を開設しなかった被告の行為は違法というべきである。

(二) 被告の本件信用状を開設しなかった行為には、次のとおり正当な理由が存在しない。

(1) 原告の被告に対する本件預金は、信用状開設等の貿易上の取引に限定した借入れの担保とされていたものであり、平成8年11月29日当時、本件預金は、7,395万1,110円あり、外貨の借入残高が6,646万8,393円あることを考慮しても、本件信用状開設に伴う借入金は本件預金で十分充当できた。

(2) さらに、原告は、平成8年12月12日当時、東京三菱銀行に対して、1,876万6,019円の預金を有していたから、平成8年12月9日のユーザンス(支払猶予)決済は可能であり、原告に信用状況の悪化はなかった。

(3) よって、原告の信用状態に不安があったとする被告の主張には理由がなく、本件信用状を開設しなかった被告には過失が認められる。

(被告の主張)

(一) 信用状開設契約とは、輸入者が、輸出者に対して負担する代金債務につき、輸入者の委託に基づき、金融機関がその輸出者に対し、一定要件を充足する書類が提供されることを停止条件として金融機関が代金債務を支払うことを約束する契約をいう。しかるに、本件では、被告が、原告の取引先に代金債務を支払うことを約束したとの事実はなく、被告が、原告の求めに応じて本件信用状番号を知らせたのは、現実に信用状が開設された場合は、同一の番号となるであろうという見込みを伝えたにすぎない。

したがって、本件では、信用状開設契約はいまだ成立しておらず、被告が本件信用状を開設しなかったことをもって違法ということはできない。

(二) 被告が、本件信用状を開設しなかったのは次のような事情があったからであり、被告には何らの責任もない。

(1) 被告は、原告に対して、かねてから、信用不安を抱いていたところ、原告から、平成8年11月27日、信用状開設の申込みを受け、即日仮の信用状番号を通知した翌日、原告から、ユーザンスを受けていた他の輸入貨物取引の決済を、本件取引における当該輸入貨物の代金に充てる旨聞かされた。原告の右行動は、当該輸入貨物を販売した代金を、当該取引の決済に充てるのではなく、ユーザンスを得るなどした他の取引の支払に流用するというもの(二重金融)であり、これにより一時的には資金繰りを助けるものであるが、ユーザンス決済時に資金を別途用意しなければならず、資金繰りが窮迫していることにほかならないから、被告は、急きょ、信用状を開設しないことにしたものである。

すなわち、信用状の開設とは、与信行為にほかならず、与信先である原告の信用状態に大きな不安がある以上、被告としては、与信の申入れを拒否するのは当然であるところ、被告は、原告に対し、当時、多額の信用供与を行っており、本件取引における担保不動産からは債権を回収できる余地は少なく、多額の与信に対して引き当てとなる原告の資産は本件預金のほかにはない上、右二重金融が発覚したため、与信を続けることはできなかったのである。

(2) その他、原告の主張するところは、結果的に、決済相当額の預金が確保されていたから、信用状況の悪化はないというものであるが、結果論にすぎず、そのことが、平成8年11月29日当時の信用状況の悪化を否定するものではない。

第三争点に対する判断

一  前提問題について

1  原告は、被告において、信用状開設申込み者に対し、信用状番号を知らせた以上、信用状開設の義務が生じることを本訴請求の前提としているので、まず、その前提の当否について検討する。

2  <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

信用状は、発行依頼人の依頼により、発行銀行によって輸出者を受益者と定めて発行され、信用状が発行されたことは、通常、輸出者の営業所所在地の銀行を経由して輸出者に通知される。

本件で発行される予定であった信用状は、取消し不能信用状であったと解されるところ、取消し不能信用状は、発行銀行が信用状を発行し、輸出者に通知した場合には、その有効期間中、確認銀行、受益者及び信用状に基づき為替手形を割り引いた銀行等すべての関係者の同意がない限り、発行銀行が信用状を一方的に取り消したり、信用状条件を変更したりできない。他方、発行銀行が、信用状を発行し、輸出者に通知するまでは、信用状の取消し及び信用状条件の変更が可能である。

3  以上によれば、本件で発行される予定であった取消し不能信用状の場合では、発行銀行が、輸出者に、信用状の開設を通知した時点以降は、信用状の開設を取り消すことができないと解するのが相当である。

これを本件についてみてみるに、弁論の全趣旨によれば、本件では、被告は、原告に対して、信用状番号は伝えたものの、輸出者であるエイ・ジェイ・ホランダー社に信用状が発行された旨の通知は行っていない。そうだとすると、本件では、いまだ信用状開設契約は成立していないといわざるをえず、被告には、信用状を開設しなければならないという義務までは発生しておらず、原告の前記前提は理由がないというほかない。

二  信用状を開設しなかったことについての被告の責任の有無

1  前記一で検討したとおり、被告は原告に対し、信用状を開設しなければならないという法的義務までは負担していなかった。しかし、これまで継続的取引関係にあり、預金及び所有不動産を担保に差し入れている顧客から信用状開設の申込みを受けた金融機関としては、信用状番号まで知らせた以上は、正当な理由なく、信用状の開設をしないことは違法と評価される余地があるというべきである。そこで、被告が信用状の開設をしなかったことに正当な理由があったのか否かについて検討する。

2  信用状の発行銀行は、信用状を発行した以上、信用状条件に一致した手形、船荷書類の提示に対して支払をすべき義務を負担するのであるから、これは、実質的には信用状の発行依頼者に対する与信であって、信用状発行銀行とすれば、当該取引内容のほか、信用状の発行依頼者の経営状態や信用性、その他一切の事情を考慮して、信用状を発行するか否かを判断できると解するのが相当である。

そこで、本件における原告の信用状況について検討することにする。

3  前記争いのない事実及び<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(一) 原告は、平成8年11月8日、エイ・ジェイ・ホランダー社との間で、だちょうの皮200枚についての売買契約を締結し、信用状を開設する必要が生じたが、外貨借入れ枠の制約のため、同月13日の決済完了を待たざるを得ない状況にあった。

(二) 原告は、平成8年11月27日、被告に対し、本件信用状開設を申し込み、さらに、被告に対し、信用状番号を問い合わせ、本件信用状番号を得た。

(三) 被告は、当時、本件各不動産について根抵当権の設定を受けていたものの、これに優先する他の銀行などの債権が合計2億7,748万円(ただし根抵当権の場合は極度額)存在する一方で、平成8年5月24日当時の本件各不動産の担保評価額が1億5,648万円と評価されていたため、本件各不動産によっては債権回収が困難で、本件預金をよりどころとせざるを得ず、原告に対する信用供与に慎重になっていた。

(四) 被告は、本件信用状開設に当たって、被告の原告に対する右外貨貸付金残高の中に、平成8年12月9日を決済期日とするユーザンス(平成8年11月30日当時の円貨額1,734万941円)が存在したため、原告代表者に対し、右ユーザンスの決済方法を尋ねた。原告代表者は、被告(御徒町支店のE行員)に対し、ユーザンスを受けていた他の輸入貨物取引の決済に、本件取引における当該輸入貨物の代金を充てる旨回答した。

そこで、被告は、急きょ検討を行い、信用状を開設しなかった。

(五) 原告代表者は、平成8年12月5日、被告御徒町支店を訪問し、額面450万円の商業手形を担保として差し入れ、数日中に、1,000万円相当の預金をする旨約束し、そのかわりに、信用状を開設してほしいと懇請したが、被告は信用状を開設しなかった。

(六) 原告は、右平成8年12月9日を決済期日とする前記(四)のユーザンスを決済する資金の手当をすることができなかった。

4  以上によれば、原告の被告に対する信用状況は、本件預金が担保となることを考慮に入れても、良好とはいえず、被告が、本件信用状開設申込みに対して、原告の信用状況その他の事情を考慮して信用状の開設を拒否したことは、取引判断の一環として合理性を有しており、正当な理由があったというべきである。

5  原告の反論について

原告は、被告の右判断に対して、本件信用状開設申込み当時、原告の信用状況に問題はなかったなどと主張しているので、この点につき検討しておくこととする。

(一) 原告は、本件預金は信用状開設等の外貨貸付金に限定して担保に供されていたものであるから、平成8年11月29日当時の本件預金は外貨貸付金と比較して746万2,717円上回っており、本件信用状における借入金1,200万円は、本件預金で十分充当できる金額であったと主張する。

本件預金は、信用状開設等の外貨貸付金に限定して担保に供されていたものであるとの主張は、そのように限定的に解釈しなければならないとの合理的な理由を見出し難く、独自の見解であり、当裁判所の採用するところではない。のみならず、本件において、新たに1,200万円を借り入れた場合、外貨貸付金残高が、本件預金の残高を、およそ450万円ほど上回る計算となるから、本件預金の存在をもって直ちに、本件信用状の開設により生じる与信に対する原告の信用が十分であったということはできず、原告の主張は採用することができない。

(二) さらに、原告は、平成8年12月12日当時、東京三菱銀行に対して、1,876万6,019円の預金を有していたことを根拠に、平成8年12月9日のユーザンス決済は可能であり、原告に信用状況の悪化はなかったと主張する。

しかし、証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば、平成8年12月6日の時点では、当該預金残高は475万7,325円にすぎず、同12月12日に合計1,655万432円が入金されて初めて、ユーザンス1,734万941円の決済が可能になったといえ、東京三菱銀行の預金の存在をもって直ちに原告の信用状況が、本件信用状の開設に十分であるほど良好であったとは認められない。よって、原告の主張を採用することはできない。

6  小括

以上から明らかなとおり、原告の資産状況を総合的に判断し、本件信用状開設申込みを拒否した被告の行為には、正当な理由があり、被告に責任の生じる余地はないというべきである。

三  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 足立正佳 富澤賢一郎)

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